滅多にない経験なので、手術室に入る前後の記憶を詳細に記録しておく

全身麻酔をかけて手術をした。今日。

今回は簡単なものだったが、これで、私が手術を受けたのは、人生で2度目のことになる。

一度は経験したことがあるとはいえ、珍しい経験であることに変わりはない。というかいつまでも珍しい経験であってほしい。

珍しい経験は記事にしたいと思うのがライターの性で、私もその例にもれず、今日は、手術室に入った直後から手術開始までの間、見たもの聞いたことをビデオレコーダーのように自分の頭に記録してきた。
そして、その記録が最も新鮮なうち……、手術があった当日にこれを書くことに決めた。

つまり今は病室のベッドの上。同室の人の「痛い…」という声や、ナースステーションで交わされる、若干ボケ始めた老人と看護師の会話を聞きながらキーボードをカタカタやっている。

「手術ができるタイミングが読めない」という私の病状の都合上、そのときは突然やってきた。

9時に受付を済ませ、9時15分に診察室に入り、「今日はいけそうだ。手術しよう」と先生が判断を下したのが9時半のこと。

そして、告げられた手術開始時刻は10時だった。

この日、風邪気味の夫も病院に同伴してくれていた。しかし、あまりに具合が悪そうだったし、まさか10時に手術になるなんて思っていなかったので、病院到着後「診察受けてきなよ」と、夫を内科の診察に向かわせていた。

9時半、手術が決まったとき「夫が診察中です」と看護師に告げると「旦那さんはインフルエンザの疑いがあります。結果がはっきりするまで会えません」と言われた。

インフルエンザ検査の結果は、検査開始から30〜40分で分かるとのことだった。手術開始予定の10時まで、残り30分をきっていた。なんとかそれまでに陰性の結果が出てくれるといいなと思った。私はひとまず自分が入院する病室に向かい、手術着に着替えることにした。

10時5分。やや時間が押していた。車椅子に乗って病室を出て、手術室に向かう。夫のインフルエンザ検査の結果はまだ出ていない。

10時10分。分厚い銀色の自動ドアを2つ通り抜け、手術室に入る。

壁一面エメラルドグリーンの部屋の真ん中に、銀色の台が置いてある。青い作業服(?)を身にまといマスクをし、お風呂のキャップみたいなのを頭につけた人が5〜6人いる。

部屋には小さな音でオルゴールミュージックが流れていた。「これは患者をリラックスさせるために流れているんですか?」と尋ねると青い作業着の人は答えた「ええ、そんな感じです」

それからその人は私に「医師から説明は受けましたか? アレルギーはありますか? 子供のころ小児喘息にかかりましたか?」といったようなことを、矢継ぎ早に私に質問した。

質問が終わると、待ち時間が訪れた。青い作業着の人たちは、ガラスの壁で隔てられた小部屋で「この映像すごい、よく見えるぞ!」とか談笑していた。これは私にとっては非日常だけど、彼らにとっては日常なのだ、と思った。

10時15分頃だろうか。「準備ができましたので案内しますね」と言われた。
その部屋は手術室ではなかったのだった。奥に行くとさらにいくつかの部屋があり、メガネをかけていなかったからはっきりしていないけど「手術室2」と書かれているらしい部屋に私は通された。

そこは、テレビでよく見る手術室だった。

手術台は部屋の真ん中にあった。小さくて、ちょっと高い位置にあった。その上にはガチャガチャとたくさんの銀色のライトが付いていた。

音楽はオルゴールからフルートのような音色に変わっていて、浜崎あゆみのseasonsが流れていた

手術台に横たわり、胸に心電図を測るときに使う吸盤みたいなのをつけられ、体勢を整えられる。「麻酔は点滴のところから入れておきますね」と声をかけられ、「なんだ、針刺されるんじゃないのか。楽勝だな」と思った。

先生に「お酒は強い? 弱い?」と尋ねられ、「弱いです」と答えた。「お酒強いと麻酔の効きが悪いんだよ、それなら安心だ」カカカ! と先生は笑った。

それからタオルをかけられたり手や足の位置を動かされたりしていると、看護師さんがひとりやってきて「旦那さん、インフルA型でした!」と言った。つまり、手術後の面会はできないってことだ。「マジっすか」。爆笑した。それから頭の上のほうにいるスタッフが言った「麻酔、1入れます」

胸のあたりから、薬っぽい何かがこみ上げてきた。

まだ眠くない。

胸から喉にかけてだんだん上がってくる。

少しぼんやりするけどまだ眠りはしない。

横の人が話しかけてくる。

私はまだ寝ていないことをアピールするため、「はい、はい」と相槌をいれる。

「麻酔、2入れます」

お、こりゃとうとう眠るかな、と思った。

ぐっと目をつぶった。

「意識ありますかー? 終わりましたよーーー」

暗闇の中から、そんな声が聞こえた。

「あります、あります」と言った。手術をされた場所がとても痛かった。

そこからはしきりに何か話しかけられていた気がするけど、とてもダルかったし、目を開けるのがおっくうだったので目を閉じたままでいた。

「となりにベッドがあります、そのままゴロンと移動できますか〜〜」と言われた。
私は薄目を開けてベッドを確認し、左に回転した。

次第に意識がはっきりしてきて「痛いことを伝えなければ」と思った。「痛いです」と私は言った。
「病室に戻ったら、痛み止め入れましょうね」その言葉に安心して、私はまた朦朧とした意識の中に戻って行った。ベッドがゴロゴロと移動するのが分かった。

窓の光がまぶしくて、私は目を開けた。

病室についていた。時刻は11時13分だった。ひどくお酒を飲んだ次の日みたいに気持ち悪くて頭がグラグラしていたが、私は夫に「終わったよ」とメッセージをした。夫は自分の診察が終わり、ちょうど病院を後にするところだった。「面会禁止」と看護師から念を押されていたので会うことはできなかったが、電話をくれたので、少し話した。

電話が切れるとなんとなく意識がすっきりし、暇になったので、仕事のメッセージを返したり、仲間に「手術おわったよーん」と連絡したりした。

しかし調子に乗り、12時に病院のお昼ご飯を食べたところ、麻酔の副作用が出て嘔吐の連続となる。16時半の回診でその様子を見た医師が吐き気止めを処方してくれ、17時に投入。20時にようやく収まり、今にいたる。

あと10分で就寝時間です。おやすみなさい。

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