斉藤めいの曲が聴きたいと思うのは、たいてい心が挫けそうになっているときだ。
彼女の曲はいつも、徹底的に弱さに寄り添ってくれる。
一緒に泣いて、怒ってわめいて、さんざん叫び疲れたら、腹の底から笑いが込み上げてくるような熱っぽさがある。
「触れることを 遠くにしたら すぐ 限界が来た」
そう歌う曲『あの日々のあと』を冒頭に収めた彼女の新アルバム『さようならこんにちは やさしい人』は、新型コロナウイルス流行拡大の渦中で作られたものだ。
終わりの見えないトンネルのような日々のなかで、大切なものを永遠に失ってしまった人もいるだろう。自らの無力に打ちのめされた人もいるだろう。
今作は、そんな混沌を生きる私たちの心を全力で肯定してくれる。
2曲目の『にげろ! じゆうへ』は、形ばかりの“成功”や“正義”がはばかる社会で、誇りとは何かを思い出させてくれるような力強さがあるし、3曲目の『種をまく』は、再収録作品ながら、大きなものに翻弄され、無力と微力の間で葛藤する今の私たちの気分にぴったりはまる。
4、5曲目には、ポップでハッピーな『愛する人の条件』、しっとりと歌い上げるバラード『私を流れる音楽と』が収録され、彼女の音楽の幅の広さも楽しめる。
歌はもちろん、演奏や曲の編集なども過去作の数十倍パワーアップして、これまで以上に没頭できるクオリティに仕上がっているので、彼女のファンにとっても、そうでない人にとっても、しんどい時に何度でも聴きたくなるお守りのような一枚となるはずだ。
ぜひ多くの人に聴いてほしいので、微力ながら、CDレビューなんて書いたことのない人間なりに今作を聴いた感想を書き綴ってみようと思う。
▼目次
1、『あの日々のあと』
「今が最低なら ただ息をしてよう 絶望をのぞいてよう」
という、どん底すら肯定する歌詞が印象的な『あの日々のあと』。
彼女らしいキラキラ輝くハッピーなエネルギーが溢れる一曲だが、私が特に好きなのは、中盤の畳み掛けるようなテンポで歌う部分だ。
「固まってく 固まってく身体は
あなたと会うことで循環してたのよ
こんな世界が来てやっと分かった
なくなってく、なくなってく
人、場所、心
なにもできずになくなってく
罪悪感 無力感 虚無感」
早口でまくし立てる表現は『今日が美しい』を始めとした彼女の歌の十八番で、どうにもならない怒りや悔しさが表現されていて大好きなのだが、この曲ではその表現がより洗練されていると感じた。
厚みのあるコーラスとロックっぽさ全開のギターがめちゃくちゃかっこいいし、後半にかけて加速していくテンポもこちらの感情にガンガン訴えかけてくる。
そして最後にはハッピーなメロディーに戻ってこう歌うのだ。
「忘れないよ なくしたものも
そして新しい 懐かしい形で
愛し愛されろ」
デビューしてから今まで彼女が一貫して歌う「ラブ&ピース」の精神は、今作にもしっかりと受け継がれている。
2、『にげろ! じゆうへ』
不思議でゆるくてポップなメロディーがくせになる『にげろ! じゆうへ』。
『不労所得』然り、彼女の混沌とした脳内に放り出されるような、この宇宙っぽい演奏はどこまで意図したものなのだろうと思う。
「あいにく貯蓄はゼロ」なんていきなり弱味をさらしてくれるものだから、ゆるいメロディーと相まって一気に身体の力が抜け、無重力空間に浮かんでしまった。
「自由でいたい どんなときも たとえそこら中に
悪い予感が広がって みんながそれを食べていても
自由でいたい どんなときも たとえ世界中に
悪い見本が転がって それが良しとされていても」
彼女の脳内に浮かびながらそんな歌詞を聴いていると、そっかここは自由なんだ、だから無重力なんだなぁと気づく。
世の中からちょっぴり“浮いている”。それは心もとなさもあるけれど、世間の価値観という重力から自由ってことでもある。
そして高みから楽しげに歌うのだ。
「しょせん、庶民よ
シャイニング庶民よ」と。
同じく庶民である私も、なんだか少しだけ誇らしくなってしまった。
3、『種をまく』
「花は咲かないかもしれない
すぐに枯れるかもしれない
たくさん踏まれるかもしれないけど
種をまくんだよ」
この曲は、2017年に発売されたライブ盤アルバム『時代おくれ』にも収録されている古い曲だが、今の自分にものすごくハマる曲だった。
コロナ禍を経て、自分にできることの少なさに愕然とした人は少なくないんじゃないかと思う。私もそのひとりだ。
私が何かしてもしなくても、世界は変わらない。でもやらないよりはやるほうがいいはずだ。
そう信じて行動しても、結果なんてなかなか出ない。
「欲望と祈りの種を一緒にまいて 水をあげたら
挨拶だけ交わして 自分の道にもどろう」
私はこの歌詞を社会が変わることの難しさと重ねたけれど、なかなか叶わない夢やライフプラン、成果の出ない仕事に悩む多くの人の思いにもフィットするだろう。
そんな無力感を支えてくれるものは、根拠なき希望よりも、長くて暗いトンネルを一緒に歩んでくれる仲間の存在なんじゃないだろうか。
「誰にもわからないかもしれないけど
種をまくんだよ」
だから私は、そう歌う彼女の歌に勇気をもらわずにはいられない。
4、『愛する人の条件』
ハッピー全開! ラブ全開! といった一曲。
でも、
「愛する人に求める条件は
読んだ本の数 聴いた音楽の数
見た景色の数 知り合いの数
知ってる知識の数 経験の数
持ってる貯金の数」
とテンション高く歌い上げたあとに、
「そのすべてを捨てられるかどうかよ」
と迫力のある声で言い切っちゃうのが斉藤めい。
昔、職場の女子5人でランチに行ったらそれぞれの恋人自慢が始まって、やれ「頭がいい」だの「某有名企業に勤めてる」だの、本質的じゃない話ばかりが始まって辟易したのを思い出した。
まあ私だってその頃は恋のことなんか何にも分かってなかったけども。
今は思う。愛にそんな外付けの情報なんてぜんぜん意味をなさないよね!
(と、分かったようなことを言ってみる)
まあ、この曲の魅力はハッピー全開のメロディーと歌詞に尽きるので、何も考えず、ごきげんになりたい時に聴いてほしい。
5、『私を流れる音楽と』
びっくりした。
これまでの彼女の作風とずいぶん違う、しっとりとしたバラードだったから。
最初に聴いたときは、「誰の心境を歌ったのだろう?」と不思議に思った。
でも何度も聴いているうちに、「母親の歌だ」と感じるようになった。
「あなたと私は別々
とても近くて 一つだったけれど
これからは一人 どうすればいいの」
これは、実際に私が母に感じたことでもある。
一時絶縁していた母親からも、久しぶりに再会したとき「もうあなたのことばかり考えるのはやめた」と言われた。
「身体に気をつけてね
そうよ、私も人生を」
と歌は続く。
私の母も、最近は自分の人生を楽しむようにしているらしい。
親への感情は複雑で、疎ましいと思っていても愛しさを完全には捨てきれない。
この曲は、讃美歌のようなバックコーラスが朝焼けのうっすらとした光のような効果をもたらしていて、美しくて、切なくて、そんな親への複雑な感情を思い起こさせた。
※個人の見解です
弱くて弱くて弱い人に、一歩進む強さをくれるアルバム
彼女の曲が「徹底的に弱さに寄り添ってくれる」と感じるのは、誰よりも彼女自身が弱いからだと思う。
私が知る彼女はいつもジタバタしている。
でも、曲を聴くと、そのジタバタのなかで彼女が必死に希望を掴んでいたことがわかる。そして長い時間軸で彼女を眺めていくと、メキメキと強くなってきているのもわかるのだ。
今回のアルバムには、その強さが表れていたと思う。
彼女自身も強くなったし、支えてくれる人も増えたんだろう。
ひとりではいい作品は作れないから、今作を聴いて「きっといい仲間が増えたんだろうな」と感じた。
昔から常々考えてきたことだが、といっても特段目新しいことでもないとは思うが、私は、弱さを知らない強さなんて本当の強さではないと思っている。逆に言えば、途方にくれるほどの弱さを持ちながら身につけた強さは信頼できる。
だから彼女の曲は、しんどいときに聴くといつだって勇気をもらえるのだ。